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居住用不動産の譲渡と相続に係る税務上の取扱い
相続を見据えて居住用不動産を生前に譲渡した場合と,相続した後に相続人が譲渡した場合の税務上の取扱いを以下に概観します。
<生前に居住用不動産を譲渡した場合>
1.居住用不動産の譲渡所得の特別控除
自己が居住している居住用不動産を譲渡した場合には所得税及び住民税が課税されますが,居住用不動産を譲渡した場合には所有期間の長短に関わらず,その譲渡所得の金額から最高3千万円を控除することができます。
この特例は,その不動産が今は空き家であっても,或いは他の用途に供した場合であっても,その不動産に居住しなくなってから3年目の年の12月31日までに譲渡すれば適用が受けられます。
2.居住用不動産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例
自己が居住している居住用不動産で,その譲渡した年の1月1日において所有期間が10年を超えるものを譲渡した場合には,一般の譲渡所得と区分し,適用される税率が軽減されます。
・一般の長期譲渡所得の場合
所得税15%住民税5%
・軽減税率の長期譲渡所得の場合
長期譲渡所得6,000万円以下 所得税10%住民税4%
長期譲渡所得6,000万円超 所得税15%住民税5%
<相続した後に相続人が居住用不動産を譲渡した場合>
1.相続財産を譲渡した場合の取得費の特例
相続又は遺贈により取得した資産を相続開始のあった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年以内に譲渡した場合には,納付した相続税額のうち次の算式により計算した金額を,その譲渡した資産の取得費に加算することができます。
資産を譲渡した者が納付した相続税額×A/B
A=譲渡資産の相続税の課税価格
B=資産を譲渡した者の相続税の課税価格
2.被相続人の居住用不動産(空き家)の譲渡所得の特別控除
相続又は遺贈により被相続人の居住用不動産を取得した相続人が,平成28年4月1日から平成31年12月31日までの間に,その居住用不動産を譲渡した場合で一定の要件に該当する場合には,その譲渡所得の金額から最高3千万円を控除することができます。
一定の要件の主なものは次の通りです。
・被相続人が一人で居住していたこと
・昭和56年5月31日以前に建築されたこと
・区分所有マンションでないこと
・相続以後は未利用であること
・相続から3年目の年の12月31日までに売ること
・売却代金が1億円以下であること
<どちらが有利か>
居住用不動産を生前に譲渡した場合と,一旦,相続してから譲渡した場合とでは,税務上どちらが有利となるかはケースバイケースだと思いますが,居住用不動産の売却時期や相続発生のタイミング,各種特例の適用の有無により税額が大きく異なるため,できればどちらも試算してみた方が良さそうです。
例えば,10年超居住した居住用不動産を譲渡した場合には前述した3千万円の特別控除と長期譲渡所得の軽減税率を同時に適用できますが,売却代金から諸経費や税金を差し引いた残額が金銭として相続財産となります。
一方,居住用不動産を相続してから譲渡した場合には,まずは居住用不動産が相続財産となりますが,場合によっては小規模宅地等の特例という最大で8割も評価減が可能となる特例を適用できるかも知れませんし,前述した相続税の一部を取得費として加算することができるかも知れません。
尚,前述した相続財産を譲渡した場合の取得費の特例と,被相続人の居住用不動産(空き家)の譲渡所得の特別控除は選択適用です。
配偶者に対する相続税の軽減
配偶者に対する相続税額については,主に次の理由から軽減措置が設けられています。
・同一世代間での財産の移転であることが多く,遠からず次の相続が発生し,連続して相続税を納税する可能性が高い
・長年共同生活が営まれてきた配偶者に対する配慮
・被相続人の死亡後における生存配偶者の老後の生活保障
・遺産の維持形成に対する配偶者の貢献
1.制度の概要
被相続人の配偶者が遺産分割や遺贈により実際に取得した正味の遺産額が,次の金額のどちらか多い金額までは配偶者に相続税は課税されません。
①1億6千万円
②配偶者の法定相続分相当額
例:相続人が配偶者と子の場合 → 1/2
例:相続人が配偶者と親の場合 → 2/3
よって,相続人が配偶者と子の場合において,遺産総額1億円の全てを配偶者が相続しても,1億6千万円以下ですので配偶者に相続税は課税されません。
また,相続人が配偶者と子の場合において,遺産総額10億円のうち5億円を配偶者が相続しても,配偶者の法定相続分(この場合は1/2)以下ですので配偶者に相続税は課税されません。
2.未分割の場合
この軽減措置は,配偶者が遺産分割などで実際に取得した財産を基に計算されることになっていますので,相続税の申告期限までに分割されていない財産は税額軽減の対象にはなりません。
よって,仮に全ての財産が未分割の場合は,この軽減措置を適用せずに,法定相続分で分割があったものと仮定して相続税の申告及び納税をすることになります。
ただし,相続税の申告書の提出と同時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出した上で,その未分割であった財産が申告期限から3年以内に分割された場合には,その分割された財産は税額軽減の対象となります。
また,相続税の申告期限から3年を経過する日までに分割できないやむを得ない事情があり,税務署長の承認を受けた場合で,その事情がなくなった日の翌日から4か月以内に分割されたときは,その分割された財産も税額軽減の対象になります。
3.この軽減措置の適用を受けるための手続
この軽減措置の適用を受けるためには,税額軽減の明細を記載した相続税の申告書又は更正の請求書に,戸籍謄本及び遺言書の写しや遺産分割協議書の写しなどの配偶者の取得した財産が分かる書類を添付して提出する必要があります。また,遺産分割協議書の写しには印鑑証明書も添付する必要があります。
4.加算税との関係
相続などによって取得した財産の価額の合計額が基礎控除額以下であったため,申告期限までに相続税の申告書を提出していなかったところ,申告期限を過ぎてから新たに財産が発見され,その財産を加算すると基礎控除額を越えてしまうような場合があります。
このような場合には期限後申告書を提出することになりますが,期限後申告書であっても上記3の必要書類を添付すれば配偶者の税額軽減は適用されます。
ただし,期限内申告書を提出しなかった者に対しては無申告加算税が課税されることになっており,その税率は,自ら期限後申告書を提出した場合には新たに納付することとなった税額の5%,自らではなく税務署の調査等で指摘された後に期限後申告書を提出した場合には15%です。
また,申告期限までに納税していないことにもなりますので,加算税だけでなく延滞税も課税されます。延滞税の税率は,申告期限から2ヶ月までは年利3%前後,2ヶ月以降は年利9%前後です(いずれも銀行金利により変動します)。
配偶者に対する相続税額の軽減措置は,とても大きな軽減措置ですが,必要手続を誤ると思わぬ課税を受けることもありますので,充分に注意が必要です。
相続時精算課税制度とは
贈与税の課税制度には,原則的な課税方式である「暦年課税制度」と,一定の要件に該当する場合に選択することができる「相続時精算課税制度」の2つがあり,贈与者ごとに異なる課税制度を選択できます。
今回は,相続時精算課税制度をご紹介します。
1.制度の概要
相続時精算課税制度とは,原則として60歳以上の父母又は祖父母から,20歳以上の子又は孫に対し,財産を贈与した場合において選択できる贈与税の課税制度です。
贈与税と相続税をセットで考え,贈与時には,累計贈与財産2,500万円までは贈与税を課税せず,2,500万円を超えた場合にはその超えた金額に対して一律20%の贈与税を課税します。
そして,その後の相続時には,その贈与財産を相続財産に加算し,その加算した金額を基に一旦,相続税額を計算した上で,その相続税額から既に納税した贈与税を控除して残りがあれば納税するという制度です(贈与税を控除してマイナスとなった場合には還付されます)。
過去に贈与した財産も相続財産に加算して相続税額を計算し直す(相続時に精算する)制度です。
一旦,この制度を選択しますと,その選択に係る贈与者から贈与を受ける財産については,その選択をした年分以降全てこの制度が適用され,「暦年課税制度」へ変更することはできません。
例えば,父からの贈与につき相続時精算課税制度を選択した場合,翌年以降に父から贈与を受けた財産については全て相続時精算課税制度が適用され,父からの贈与については暦年課税制度へ戻ることはできません。
一方,母からの贈与については,相続時精算課税制度を選択するまでは,暦年課税制度を適用することができます。
相続時精算課税制度は,あくまでも贈与者(財産を贈与する人)ごとに選択することができます。
2.相続時精算課税制度の主な長所
①早期に多額の財産(2,500万円まで)を贈与税の課税を受けることなく贈与することができます。
相続時に相続税が発生しないと見込まれ,早期に次世代に財産を移転したい場合には特に有効です。
②過去の贈与財産を相続財産に加算する際には,贈与時の価額で加算します。
よって,値上がりすることがわかっている財産を贈与した場合は,相続税の節税となります。
③賃貸不動産などの収益を生む財産を贈与した場合には,贈与後の収益は受贈者のものとなりますので,贈与者の財産の増加を防ぐことができ,相続税対策となります。
3.相続時精算課税制度の主な短所
①自宅などを相続した場合に最大で80%も評価減となる「小規模宅地等の特例」が適用できません。
小規模宅地等の特例は,相続又は遺贈により取得した財産にのみ適用があり,贈与により取得した財産については適用が無いからです。
②不動産を相続した場合の登録免許税は0.4%ですが,贈与により取得した場合の登録免許税は2.0%です。
また,相続により取得した場合は不動産取得税の課税はありませんが,贈与により取得した場合は不動産取得税が課税されます。
③相続時精算課税制度を適用して贈与により取得した財産は,その後の相続時に物納することはできません。
相続時精算課税制度は,何億円もの資産を保有する資産家の相続対策には不向きですが,保有資産が自宅と金融資産のみであるなど,相続税が発生しないと見込まれる方にとっては,活用次第で相続対策になり得る制度であると言えそうです。
事業承継税制とは
ここ数年,「事業承継」という言葉を見聞きする機会が増えていると思いますが,事業承継の何が問題視されているのか,それに対処する税制はどのような制度になっているのかを以下に概観します。
現在,我が国の中小企業は約380万社(総企業数の99.7%)あり,そこで雇用される従業員数は約3,361万人(雇用全体の約70%)です。中小企業は,まさに日本経済の基盤を成しているといえます。
ところが,中小企業の多くは戦後の高度経済成長期に創業しているため,経営者の高齢化が進み,今後5年から10年程度の間に団塊世代を中心に多くの経営者が事業承継のタイミングを迎えようとしているにもかかわらず,これが円滑に進んでいない状況にあります。
この状況をこのまま放置しますと,中小企業が大量に倒産又は清算し,ひいては日本経済の衰退に繋がってしまう恐れがあるため,事業承継の円滑な実現は,日本経済の持続的な発展に必要不可欠であり,我が国の喫緊の課題であるといえます。
事業承継とは,より具体的にいえば後継者に事業を引き継ぐことですが,そこには,そもそも後継者がいない或いは決まっていないという問題と,後継者はいるが,事業に関連する資産を承継する際の税金が高すぎるという問題があります。
後者の問題については,「事業承継税制」と称される課税の特例が設けられて,その主な内容は以下の通りです。※ちなみに「事業承継税制」とは成文法上の用語ではなく,事業承継に関する税法上の各種取扱いの総称です。
1.非上場株式等についての納税猶予・免除
通常,後継者が事業を承継する際には会社の株式を承継する必要がありますが,この株式の評価額が高すぎるが故に贈与税又は相続税の負担が大きく,この税負担が事業承継の足かせになっているという問題があります。
そこで,後継者が承継した株式(非上場株式)に対する贈与税又は相続税については,一定の要件のもとに納税を猶予或いは免除する措置が設けられています。
この制度は平成20年に成立した経営承継円滑化法に基づく経済産業大臣の認定を受けて適用されるもので,贈与税については後継者が贈与により取得した株式に係る贈与税の100%の納税が猶予され,相続税については後継者が相続又は遺贈により取得した株式に係る相続税の80%の納税が猶予されます(それぞれ発行済完全議決権株式の2/3が上限)。
2.小規模宅地等の課税特例
個人事業に関する不動産とりわけ土地を承継する際の相続税の負担は,非上場株式を承継するのと同様に事業承継における足かせとなっており,それを軽減するべく設けられた措置がこの特例です。
この特例は昭和58年に制度創設後幾多の拡充の変遷を経て,現在は居住用宅地との併用により,最高730㎡(事業用400㎡)まで,最高80%の相続税の課税価格の軽減が行われています。
この課税特例は,前記1の納税猶予とは異なり,申告によって直ちに相続税の減額が確定しますので,その効果は非常に大きく,各種課税特例の中で最も利用件数が多くなっています。
3.相続時精算課税制度
この制度は,60歳以上の父・母・祖父・祖母から,20歳以上の子・孫に贈与があった場合において,累積額で2,500万円までは贈与税を課税せず,2,500万円を超える部分については20%の贈与税を課するという制度です。そして,これらの贈与と贈与税については,その贈与者の死亡に係る相続税の段階で精算課税されます。
この制度は,本来,高齢者から消費性向の高い若年層へ財産移転を促し,景気対策へも貢献させようとしたものでありますが,前記1の非上場株式等の贈与税の納税猶予との併用が認められたことにより,事業承継対策として今後一層活用されることが見込まれています。
税制以外の事業承継対策の手法としては,種類株式の活用,信託の活用,生命保険の活用,持株会社の設立等が注目されています。
(参考)税研2017年7月号
譲渡した不動産の取得費が不明な場合の実務対応
不動産に限らず資産を譲渡して利益が出ますと,譲渡所得として所得税が課税されます。
1,000で購入したものを1,500で譲渡した場合の譲渡所得の金額は500ですので,この500に対して所得税が課税されます。
譲渡所得の対象となる主な資産は,土地,借地権,建物,株式等,特定の公社債,金地金,宝石,書画,骨董品,船舶,機械器具,車両,工具備品,鉱業権,漁業権,著作権,特許権,ゴルフ会員権,取引慣行のある借家権,土砂,砂利などです。
貸付金や売掛金などの金銭債権は含まれません。これらは事業所得又は雑所得に該当します。
譲渡所得の対象となる「譲渡」とは,有償無償を問わず,所有権を移転させる一切の行為をいいますので,通常の売買のほか,交換,競売,公売,代物弁済,財産分与,収用,法人に対する現物出資なども含まれます。
さて,相続税の基礎控除額が引き下げられた平成27年から世の中は相続対策ブームですが,それを機に土地の価格が上昇していますので(※),親から相続した土地や,昔購入した土地を譲渡するという人も多いことでしょう。
不動産を譲渡した場合の譲渡所得の金額は,土地や建物を売った金額から,その土地や建物を取得したときの取得費と譲渡費用を差し引いて計算します。
取得費は,土地の場合,購入したときの購入代金や購入手数料などの合計額です。建物の場合は,購入代金などの合計額から減価償却相当額を差し引いた金額です。
しかし,譲渡した土地建物が先祖伝来のものであるとか,購入した時期が古すぎて取得費がわからないということもあります。
そのような場合には,取得費の金額を,譲渡した金額の5%相当額とすることができます(措法31の4など)。
実際の取得費が,譲渡した金額の5%相当額を下回る場合も同様です。
例えば,土地を5,000万円で譲渡した場合において,その土地の実際の取得費が不明な場合には,譲渡した金額の5%である250万円を取得費とすることができます。
次に,5年前とか10年前とか,それほど昔ではないものの,購入したときの資料を紛失してしまい,実際の取得費がわからないという場合ですが,この場合も,上記と同様に譲渡した金額の5%相当額を取得費とすることができます。
しかし,5年前とか10年前に購入した不動産の実際の取得費が不明だからといって,譲渡した金額の5%で取得費を計算しますと,多額の譲渡所得となり,かなり不利となります。
そこで,そのような場合には,何らかの方法で実際の取得費を推計する必要がありますが,宅地の取得費の算定については,一般財団法人日本不動産研究所が公表している市街地価格指数を基に算定する方法が合理的であると判断された裁決事例があります(H12.11.16裁決,裁決事例集No.60 208頁)。
市街地価格指数は,毎年の市街地の価格を指数で表しているので,当時の時価を算出する目安には最適です。
これに,購入した年の固定資産税評価額や路線価からの推計値を加味するとか,借入をして購入しているのであれば抵当権の設定金額も参考にするなどして,その推計値の根拠を肉付けしていけば,信憑性が高まり,課税上も問題とならないことでしょう。
尚,当初申告では5%取得費を使用し,更正の請求で推計値を使用するということも考えられますが,更正の請求の場合の立証責任は納税者側にあるため,推計値を使用するのであれば,あくまでも当初申告の段階から使用したほうがよいでしょう。
(※)市街地価格指数を基に算出した取得費が否認された事例(H26.3.4裁決)もありますが,当該裁決事例は採用した指数の地域が適切でなかったために否認されたものであり,適切な指数を採用していれば問題無かったものと推測します。
(※)7月1日に公開された平成29年の路線価では,路線価日本一は今年も銀座鳩居堂前でしたが,平成4年のバブル期ピークの1㎡当たり3,650万円を超え,今年は1㎡当たり4,032万円となりました。